「ミミュー夫人のエピソード全訳」で翻訳した『イングロリアス・バスターズ』未公開シーンを教材に、英語の勉強をしてみます。
本日とりあげるのは以下の部分。
ショシャナが映画館にひとり座っているところをミミュー夫人が話しかけるところ。
和訳はこちらを参照してください。
(アンカーで該当箇所に飛ばしています)
MADAME MIMIEUX : So, young woman, since it’s beyond obvious we’re closed for the evening, I must assume you want something. What can I do for you?
SHOSANNA : May I sleep here tonight?
MADAME MIMIEUX : So I gather you’re not a nurse?
SHOSANNA : No.
MADAME MIMIEUX : But you’re a bright little thing. That’s a clever disguise. Where is your family?
SHOSANNA : Murdered.
MADAME MIMIEUX : So you’re a war orphan?
SHOSANNA : We were from Nancy. The Boches found us—
MADAME MIMIEUX : —Is this a sad story?
SHOSANNA. : Oui.
MADAME MIMIEUX : Sad stories bore me. These days everyone in Paris has one. I haven’t bored you with mine. Don’t bore me with yours.
SHOSANNA : You can run the machines?
MADAME MIMIEUX : What machines?Using her hands to pantomime the rotating film reels on a projector, she says:
SHOSANNA : The machines that show the film.
MADAME MIMIEUX : The projectors? Yes, I own a cinema. Of course I can operate them.
SHOSANNA : I know, I saw you.
beyond の使い方って意外と曲者!
さてここでよく考えてみたいのがこちらの一行。
It’s beyond obvious we’re closed for the evening.
(どう考えても明らかに今夜はもう閉館している)
obvious = (疑問の余地がないほど)明らかな
beyond = 超えている
ここで beyond が出てきますが、この beyond という言葉は「〜を超えている」という意味で、その次にくる言葉を否定することもあれば、肯定することもあるという、わりとややこしい表現です。
本日の用例では肯定しているケースですが、実は否定するケースの方が多いんですね。
例えばこんな感じです。
beyond a joke = 冗談では済まない
beyond belief = 信じられない
beyond comparison = 比較できない
beyond control = コントロールできない
beyond doubt = 疑いようもない
beyond imagination = 想像できない
つまり、その次にくる言葉を「超越して、向こう側にイッてしまって、見えなくなった」というようなイメージで、否定的に扱うわけですね。
調べてみたところ、今回の用例に似た表現で、こんなのがありました。
beyond the obvious =
明らかなことばかりではなく
明らかであることを超えて
明らかであることからさらに深いところへ
obvious は形容詞ですが、これに the をつけて「明らかなこと」という意味の名詞っぽく使うことができます。
この the obvious の前に beyond をつけて、「明らかなことばかりではなく」「明らかであることを超えている」「明らかであることからさらに深いところへ」というような意味になるんですね。
Lingueeで見つけた例文をあげておきます。
We intend to look beyond the obvious, innovating and creating entertainment that truly crosses cultural, and even generational boundaries.
(技術・品質といった企業として 当たり前のポジションから、もう一つ上のレベルへ)
訳文もそのままLigueeにあったものを使用しています。
ずいぶん訳文は省略されていますが、この場合の beyond the obvious は「明らかであることを超えて、もっと深いところを」という意味になっているんですね。
以上のように、beyond はその次にくる言葉を否定する(超越して別のレベルへいってしまう)ことが多いのですが、これが、こと口語に限って、形容詞の前について、意味を肯定的に強調することがたまにあるわけです。
この『イングロリアス・バスターズ』の脚本の用例はそのケースなんですね。
つまり beyond obvious で、「もう明らかなんてものではない」というようなニュアンスで、「ものすごく明らかである」と、強調しているわけです。
ちなみに、この beyond obvious の他の用例を探してみたところ、Google が提唱する「良質なコンテンツ」のガイドラインにこんな一文がありましたので、引用します。
Does this article contain insightful analysis or interesting information that is beyond obvious?
(この記事は、あたりまえのことだけでなく、洞察に富んだ分析や興味深い情報を含んでいるか?)
訳文はネットで訳されているのをそのまま引用したものです。
beyond obvious の部分は「明らかな事実だけではなく」と訳しているサイトもありました。
『イングロリアス・バスターズ』の脚本に出てくる言い回しとまったく同じですが、ここではまた beyond は obvious を否定する役割にまわっているんですね。
obvious には the がついていませんが、それでも先にあげた beyond the obvious とほぼ同じニュアンスで使われているわけです。
まったく同じ言い回しでも口語と文語、または口語でも文脈によって役割が変わることがあるんですね。
beyond という単語、シンプルなようでなかなか曲者です。
英語に慣れてくればそれほどややこしいことではないかもしれませんが、今回のケースのようにたまに紛らわしいことがあるので、気に留めておくに越したことはないようです。
その他の注目ボキャブラリー
we’re closed for the evening = 今夜は閉館しました
文字どおりに訳すなら「夜の間は閉館している」です。
for the evening = 夜の間
What can I do for you? = 何か御用ですか?
直訳すると「私に何かできることはありますか?」
お店で店員さんがお客さんに声をかけるときによく使う言葉です。
gather、assume = 〜だと推測する
本来の gather は「(散らばっているものを)ひとつに集める」という意味。
口語表現で、「推測する」の意味になります。
「散らばっていた情報を集めてそこから判断する」というイメージ。
assume も同じような意味の言葉です。
Boche = ドイツ兵やドイツ人の侮辱的な呼び方
フランス語の Alboche(ドイツの)が語源とのこと。
「ボッチ(バッチにも聴こえる)」と発音します。
run a machine、operate a machine = 機械を操作する
run も operate もほぼ同じ意味ですが、run は少しカジュアルっぽく、operate は少しフォーマルっぽい表現です。
あとがきにかえて
この短い会話を読んでもわかると思いますが、映画の脚本て、似たような意味のことを、巧みに表現を変えて、言葉に変化をつけているのがわかりますね。
assume と gather だとか、run と operate だとか。
映画が英語の勉強に適しているのは、こんな風に、会話をおもしろくするために巧みに言い方を変えて脚本が書かれているので、同じような意味でもいろんな表現がある、ということを学べるところにあると言えます。